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私の“こうあるべき”と母の存在
「お母さんみたいになりたくない!」と言い放ったのは、私がいくつの時だっただろう。中学生、もしかしたらすでに高校に進学していたかもしれない。いつ頃だったか記憶はぼんやりとしているが、車を運転する母の横顔が寂しそうに笑ってい […]
「私」を生きるということ Staying true to myself
あの日、私は彼と渋谷で待ち合わせをしていた。 大学時代の友人である彼は神戸に住んでいたのだけれど所用で上京しており、当時私は川崎で暮らしていたので、「それなら」と一緒に夕飯を食べることになったのだ。 薄暗くなった街をぼん […]
20年来の友情を阻んだもの 足りなかったのは「想像力」と「寄り添う姿勢」
私には互いに親友と呼び合える友が2人いた。ひまわりのような笑顔で周りのみんなを明るくするA子と、一緒にいるだけで安らげる温かくてやさしい空気をもった陽だまりのようなB子。ともに学生時代に出会い、以来20年近く多くの苦楽を […]
「過ぎ去りしもの」と「自分の居場所」
10代後半から20代前半にかけて、詩を書いていた時期がある。人に見せるのは照れ臭いので、長いことパソコンの中に眠っていたのだが、先日ふと思い出し読み返してみた。 2年間のアメリカ生活を終え、帰国した直後に書いた「過ぎ去り […]
多様な学びの選択肢が親子を救う!?
赤ちゃんの頃から「じぃじLOVE」だった息子。不安なことがあると「じぃじに会いたいよ~」と泣き叫び、2歳半くらいになると「じぃじと結婚する」と言っていたほどだ。 ママ(私)への執着がなく、卒乳のときでさえも驚くほどあっさ […]
絵本に学ぶ「個」と「多様性」の大切さ
おそらく誰もが一度は目にしたことがあるであろう「バーバパパ」。家族一人ひとりの色が違って、体のカタチも自由自在に変えられる、実に魅力的なキャラクターたちが繰り広げる物語だ。 私の息子もこの絵本シリーズが大好き。先日、「バ […]
未来の選択とロールモデルの大切さ
「で、あなたはいったいどうなりたいの?」―当時入社4年目の私に上司が言い放った一言だ。 学生の頃から「文章を書く仕事に就きたい」と思っていた私は、就活で出版社や広告代理店に的を絞り応募するも、ことごとく落選。アメリカの大 […]
自己肯定感の破壊と再生 その先に見えた世界
“Don’t criticize yourself too much” ―いまから15年ほど前、アメリカで参加したキリスト教のリトリート(修養会)で掛けられた一言だ。直訳すると、「自己批判的になりすぎないで」といったとこ […]
普通って何?「常識」という言葉がもつ多面性
「あの人って変わってるよね?」―誰もが一度は言ったことがある台詞ではないだろうか。私もこれまで幾度となくこの言葉を口にしてきた。 特に、以前勤めていた会社では「え?」と思うような言動に触れることが多かった。そんなこともあ […]