「私」を生きるということ Staying true to myself

あの日、私は彼と渋谷で待ち合わせをしていた。

大学時代の友人である彼は神戸に住んでいたのだけれど所用で上京しており、当時私は川崎で暮らしていたので、「それなら」と一緒に夕飯を食べることになったのだ。

薄暗くなった街をぼんやりと眺めていると、人混みをかき分けながら彼が現れた。約1年ぶりの再会。片手をあげて「おぅ」とだけ言うと、私の顔もろくに見ずにスクランブル交差点とは反対方向、人の流れとは逆に向かって歩き始めた。私は黙って後をついていく。しばらくすると「ここで、ええか」と、ひっそりと佇むインド料理店に入っていった。

2階席を案内された私たちは、無言のまま狭い階段を上り、身に付けていたコートや鞄を下ろして、席についた。

「元気だった?」

そこでようやく私が口を開き、彼の顔を正面から見た。シャイな彼は、相変わらず目を合わせようとしない。そういえば、昔からよく目が泳ぐ人だったな、と懐かしむ。料理が運ばれてくるまでの間、私たちはお互いの近況をポツリポツリと話し始めた。

あの頃、私は自分の仕事に対する自信を失いかけていた。外資系メーカーの広報という職に就き、大好きな「書くこと」と「英語」を仕事にしていたにもかかわらずだ。製造部など技術系が花形だとされるこの会社には、管理部門をどこか軽んじているような雰囲気があった。取材の依頼をしても返信がないことなどザラで、「そんなことにお金をかけてどうするの?」という人もいた。もちろん、分かってくれる人や応援してくれる人もいたし、相手にされなかったのは、みんなただ目の前の仕事に追われていたからなのかもしれない。けれど、そんな環境で働いているうちに、私自身が「この仕事に意味はあるのかな?」と考えるようになっていた。

そんなことをひとしきり話し終えた私に、彼は「○○(筆者)は、その仕事が大事だって思うの?」と尋ねた。

ここでは、人の目を気にする必要はない。私は今一度、自分の心の声だけに耳を傾けてみた。そして、こう答えた。「会社の戦略を社員に伝えたり、社員の取り組みや声を全社に伝えたりする重要な仕事だと思う」と。

「なら、大事なんやろ」

今度は私の目をまっすぐに見て、彼はそう言った。

時を同じくして読んでいたのが、小説家、森絵都さんの『風に舞いあがるビニールシート』だ。自分の価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた短編集である。

その一作の主人公、弥生は「昔から、あまりにもおいしいものと出会うと泣きたくなる」というほど甘いものが大好き。才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられていたある日、恋人からこんな言葉を投げつけられる。

“その菓子に対する思い入れっていうか、狂信的なところ?どうもそこだけはついていけなくてさ。だって、所詮は甘いものじゃない。一個五百円かそこらの三時のおやつじゃない。億単位の金を動かすこともめずらしくない俺からしてみるとさ、そこまで鼻息荒くすることもないんじゃないかって思っちゃうんだよね”

それに対して、弥生は心の中でこう答える。

“では、あなたはその億単位の金で誰を喜ばせたのか。誰もが簡単に、平等に手を伸ばせる幸せを、たしかな満足をもたらすことはできたのか”

(森絵都「風に舞いあがるビニールシート:器を探して」より)

この作品には、他にも犬のボランティアのために水商売のバイトをする主婦や、仏像の魅力に取りつかれた修復師などが出てくる。周りからの理解が得難く思い悩むこともあるが、みんなそれぞれ自分にとって大切なものを守り、その先にある幸せを追い求めているのだ。

そういえば、同級生のあの彼も、この物語に登場しそうだ。

大学卒業後、就職した会社は「なんか違った」と半年ほどで辞めた。それから1年も経たないうちに渡米し大学院に進学したが、これも「なんか違った」らしい。その後も、職や居住地を転々としていた。「石の上にも3年」という考え方がまだ主流だった私たち世代からすると、「もっと続けたら、何か見えてくるものもあるんじゃない?」「我慢が足りない」などと言う人もいたし、私もそう思っていた。

でも、今になって思うのだ。彼は彼の中で守りたい価値観があって、それを満たしてくれる何かをひたむきに追い求めていたのではないかと。

あれから10年以上が経ち、今はもう彼と会うことはなくなった。連絡も取っていない。けれど、何年か前に、異国の仲間と起業したことをSNSで知った。彼は心から自分を満足させられる道を見つけたのだろうか?ときに目を泳がせながらも、その行く先をまっすぐに見つめて今もなお走り続けているのかもしれない。