「過ぎ去りしもの」と「自分の居場所」

10代後半から20代前半にかけて、詩を書いていた時期がある。人に見せるのは照れ臭いので、長いことパソコンの中に眠っていたのだが、先日ふと思い出し読み返してみた。

2年間のアメリカ生活を終え、帰国した直後に書いた「過ぎ去りしもの」という作品。そこには、過去への執着と「前に進みたい」という気持ちの間で揺れ動く自身の葛藤が綴られていた。

“何かが終わりを告げるとき、私はとてつもない不安と悲しみに襲われる。さよならは終わりではなく、新たな旅の始まり。心をノックしている、その声に耳を傾けて前を向かなくては”

環境が変わるときに誰しもが味わう心境かとも思う。だが、思い返せば、私は昔から「過ぎ去りし日々やもの」に対して人一倍敏感だった気がする。

幼稚園の頃、廃車になる母の赤い軽自動車を前に大泣きした。運転免許証を取ることに対しても、「大人になるようで嫌だ」と抵抗を感じた。高校卒業後は、大阪、アメリカ、神奈川、愛知、静岡と移り住み、その度に別れと出会いを繰り返してきた。が、これは「自分のやりたいこと」を追い求めてきた結果であり、本来であれば環境の変化を自ら好む方ではない。

慣れ親しんだ土地や仲間との別れが訪れる度に、鼻を真っ赤にして泣いた。新生活が始まっても、置き去りにしたままの心。過去を懐かしんでばかりいる自分。一方で、「いまを生きなくては」と焦り駆り立てる気持ち。そんな葛藤を何度も繰り返してきた。

「ここがあるから大丈夫」と思える場所が心を強くする

しかし、今回こうして詩を読み返すまで、私はこの感情を長らく忘れていた。いつからそうなったのか?なぜそうなったのか?改めて考えてみると、夫との出会いが分岐点だったような気がする。

人付き合いが苦手だった過去の私は、いつも「自分の居場所」を探していたのではないかと思う。それぞれの人生の段階において、やっとの思いで見つけた自分の心地よい場所と別れを告げるのが辛かった。「自分の居場所がなくなる」という不安に駆られていたのだ。

ありのままの自分をさらけだし、受け入れてもらう。そうすることで、自己価値を感じられる。のろけ話のように聞こえてしまうかもしれないが、夫はそのことを私に教えてくれた。自分にはいつも寄り添ってくれる存在がある。そう思えることが、私の心を強く支えている。昔、母が「外で嫌なことがあっても、家に帰ればお父さんがいるからいいやと思う」と言っていたことを思い出す。

何があっても、いつでもそこにいてくれる家族の存在は偉大だ。もちろん、結婚以前も実家という心のよりどころはあった。ただ、私にとって実家の家族(両親)は“戻る場所”であり、共に未来を歩んでいく相手ではなかった。おもしろいもので、両親とは思い出話に花が咲くことはあっても、将来について語り合うことはない。

夫とはこれから先何十年、共に歩んでいくのだ。そういえば、結婚してしばらく経った頃、同僚に「最近、ものをはっきり言うようになったよね」と言われたことがあった。「ここがあるから大丈夫」と思える場所がある限り、私は恐れず前を向き挑戦し続けられるのだろう。

最近は、こうしてブログを書くことも、自分にとって心地よい時間となっている。私らしくあるための大切な居場所だ。

いまはまだプライベートな時間は子ども中心の生活だが、子育てが一段落したときに昔を懐かしみ、寂しさを感じることがあるのかもしれない。そんなときは、またこうして筆を執ろう。きっと自分の居場所を感じられるはずだ。

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