子どもの“トイトレ”が自分の生き方を見つめ直すきっかけに!?

「書くことが好き」「私には書くことがある」―昔から読書や作文が好きだった私は、「いずれは『文章を書く仕事』に就きたい」といつからか願うように。留学を目指して仲間と切磋琢磨していた学生時代。悩みも多かっただけに、自分の気持ちを消化する一つの術として、一日の終わりには手帳を開き、その日の出来事や感じたことを記していた。そんな私が、10年近く筆を置いていたのは、「ライターになる」という幼き頃からの夢を叶えたからだ。企業の広報として6年間経験を積んだ後、ライター・翻訳家として独立し、今年で7年目を迎える。仕事として、この道のプロとして、ひたすら文章を書き続けてきた。一方、仕事が忙しくなればなるほど、日々の生活を振り返る時間も減り、「日記をつける」という習慣もいつしか消えてなくなっていた。

そんな私が再び、自分について書いてみようと思ったのは、最近3歳の息子との関係が上手くいっていないからだ。こんな小さな子に求めても仕方がないと頭では分かっていても、思うようにいかない日々に疲れ、苛立ち、私の顔はどんどんこわばっていく。息子の前で笑えなくなっている。冷たくあたってしまっては、自己嫌悪に陥る負のループから抜け出せない。今も保育園に行っている息子を晴れやかな気持ちで迎えに行けるよう、心から愛おしいと思いその手を握れるよう、自分の気持ちを整理してみよう。そう思い、筆をとった。

この10年間は人生のターニングポイントとも呼べる出来事ばかりだった。夫との出会い、結婚、離職、地元へのUターン、起業、妊娠、出産。慌ただしい日々のなかで、ときに苛立ち、気分が落ち込むことがあったとしても、比較的穏やかな気持ちで過ごしてこられたのは夫がいてくれたからだ。出会った当初から居心地が良く、とにかく気の合う相手だった。心から信頼でき、一緒にいると陽だまりに包まれているみたいな温かな気持ちになる。元々、人間不信気味だった私がこんな風に感じられる相手に出会えたこと、人生を共にできていることに、まず感謝しなければならない。

付き合って2年後に結婚した私たちは、2人の時間を楽しみたかったこともあり、しばらく子どもはいらないと考えていた。価値観の近い私たちは、この点に関しても意見が一致していたのだ。だから、挙式から数ヶ月後に帰省した際に、母の口から「子どもはまだなの?」という言葉が出たときには心底驚いた。そんなことはまったく頭になかったからだ。「結婚=出産」。まぁ、昔ならそうなのか?そんなことを思いつつ、母には「まだ子どもは作るつもりはない」と話すと、今度は母が驚いた顔というか、少しがっかりした様子をみせた。まだ、建て直す前の家の2階のトイレ前での出来事。なぜか、今でもまだそのときの光景を鮮明に覚えている。

努力が報われない妊活の日々 そして始まった怒涛の育児

それから数年後、この「子をつくる」という問題が、私たち夫婦をずいぶん苦しめることになる。多忙な企業での仕事を離れ、ライター・翻訳家として起業した私。夫は夜勤のない企業に就職。共に朝食と夕食を取り、週末は二人で買い物や映画を楽しむ。私たちが描いていた夫婦としての生活をようやく送れるようになり、子どものことを考える余裕も出てきた。そろそろかな?と、いわゆる「妊活」を始めたのだ。ところが、いざ始めてみると、全然授からない。1年間は自力で頑張ったものの結果は出ず、結局不妊治療を始めることに。通院し始めてから約1年後にようやく第一子を授かることができた。いま思い返してもこの妊活期間は精神的にきつかった。欲しいものは努力して手に入れてきた人生。どれだけ頑張っても、結果の出ない「子づくり」。周りのおめでたを心から祝福できない自分。心はすさみ、よく泣いていた。

妊娠の喜びは束の間、いざ子どもが生まれてみると、予想をはるかに超える壮絶な日々。「世の父母たち、そして友人たちよ、その大変さを分かっておらず申し訳ない」と心から思った(笑)自分で言うのもなんだが、神経質で真面目な私と夫は、日々張り詰めており、この子が2歳近くになるまで、よく喧嘩をした。仕事が忙しいうえに、帰宅後も育児に追われストレスのはけ口がなかった夫は、些細なことですぐに切れ、声を荒げたり、モノにあたったりするようになった。以前は考えられなかったような夫の姿に動揺し、恐れ、自分の気持ちを正直に口にできなくなった私もまたストレスが溜まり、爆発。互いに余裕がないから、相手の声が届かない、耳を傾けようともしない。そんな日々を繰り返していた。共働きといえども、私は基本的に在宅ワーク。自分の親との同居。子育てにおいて周囲の助けも得やすく恵まれている環境にあるにも関わらず、こんなありさまだ。結局、私も夫も子育てに対するキャパが人よりも小さかったのかもしれない。

子どもがある程度、成長し夫婦関係も修復されてきた現在、私の頭を悩ましているのは「息子」である。冒頭で話した息子との関係悪化の原因は「トイトレ」だ。誰もが通る道。一筋縄ではいかない。分かっている。でも、求めてしまう。2歳を過ぎた頃からトイレに誘ってみるものの、興味本位でトライしたのは最初の数回のみ。あとは、「3歳になったら」と断固拒否。本人のペースを尊重してきたが、いざ3歳になっても状況は変わらず。少しは進展させようと、いろいろと工夫をしてトイレには行くようになったものの、「トイレ行こう」と誘った瞬間に意図的におむつで排尿し、「おむつで出た」という息子。その言い方がなんともふてぶてしい。「トイレで出してみよう」「いつかはおむつを取らないといけないから少しずつ練習してみよう」と何度言い聞かせても、そっぽを向く、そのとき限りの返事で、同じことを何度も繰り返す。

そんなことを1カ月近く繰り返しているうちに、私のイライラもピークに。トイトレは決して怒ってはいけないというけれど、できないことではなく、あの態度に腹が立つ。伝わらないことが、悔しくて泣けてくる。顔を見るだけで、イライラする。あー、もうこれはだめだ。この3年間の育児生活で1番の壁にぶつかっている気がする。先日、おしっこの量が多すぎて、おむつで吸収しきれず、ズボンを濡らしてしまった息子に、「大きくなっておしっこの量が増えてきたからトイレですべきだということ」、「いつかは誰もおむつを替えてくれなくなる日が来るから、練習していかなければならないこと」を伝え、あとは本人のやる気にゆだねることにした。親子関係を守るために、しばらくの休戦宣言だ。

私を苦しめる“世間のスタンダード”

もう1つ、最近の心の乱れの原因は「2人目問題」。田舎に暮らしていることもあり、「子どもは1人?」「2人目は?」と当たり前のように聞かれる。周りにも、2人目、3人目を産み、育てている人が大勢いる。私たち夫婦はというと・・・「子どもは1人」だと決めている。元々、子どもがあまり得意ではない私たち。0~1歳児育児による夫婦関係の悪化、私の体力の低下など、そんな大人の都合で2人目は作らないことをずいぶん前に話し合って決めた。いまも夫の決心が揺らぐことはない。ただ、私は友人たちの「2人目報告」を聞くたびに、少し心が揺らぐ。これで良いのかな?でも、「もう1人産みたい?育てたい?」と聞かれれば、答えは「No」だ。

生まれて1ヶ月は昼でも夜でも、抱っこしていないと泣き叫び寝なかった息子。おむつからはみ出して、服までをもグチャグチャにする大量のうんち。時間に厳しい家庭で育てられた私は、授乳は「3時間置き」と決め、いくら息子が泣いていようが、時計とにらめっこ。長針が「12」を指し、授乳の時間が来たかと思えば、今度は右胸と左胸5分ずつだと決め、時間を計り始めていた。離乳食が始まると、食事を炭水化物・野菜・タンパク質に分け、それぞれスケールで計量。確か始めはふりかけの量まで計っていた。いま考えると、完全にクレイジーだ。さらに、授乳により体重減少が止まらなかった私は免疫力が低下し、数ヶ月に1度は40℃近くの高熱を出していた。あんな日々には、もう二度と戻りたくない(笑)

では、なぜ心が揺らぐのか?ざわつくのか?弟や妹が生まれている周りのお友達を見て「ママのお腹に赤ちゃんいるの?」という息子の声が響いているのか?いや、違う。「1人っ子はかわいそう」「兄弟はいたほうが良い」という、いわゆる“世間のスタンダート”、“それを満たしていない自分”にうしろめたさを感じているだけなのだ。価値観も、幸せのカタチも人それぞれ。他人と比べたところで意味はない。幸せになれない。そんなことは分かっている。でも、比べてしまう。他人の声に揺らいでしまう。結局、”世間のこうあるべきだ”という偏見に怯えている。自分のいまの生き方を変えようとは思わないが、それが心に影を落とす要因であることは確かだ。

「自分軸」を大切に 新たな一歩を踏み出す

最近では、大学時代からの1番の親友が「心地よく心豊かに暮らす」をテーマに、新しい生き方を模索し始めている。大人になるにつれて価値観の違いで離れていってしまった友人もいるが、彼女だけは互いがどんな状況にあろうとも、そのときの生活において大切にしているものは違っても、いろいろな気持ちを共有し、支え合ってきた。そんな彼女の日々の暮らしに刺激されて、また彼女からの後押しもあって、私も仕事面で新たな挑戦をしたいと考えるようになった。「書くこと」を通じて、何をしていきたいか?自分に問いただしていくなかで、見えてきた1つのテーマがジェンダーをはじめとする「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様性の受容)やだ。

昔から”女性はこうあるべき”という考え方や風習に、なぜか反発する気持ちがあった。「いろいろな価値観を尊重し合える、他人の生き方を否定しない、そんな世の中をつくりたい!」と、そこまで大それたことは言えないけれど。他人と比べなければ、比べられなければ自己肯定感も上がり、もっと幸せに暮らせるのでは?と感じる。

ライターとして多様な価値観や生き方を描くことで、「こんな考え方や生き方がある」という誰かの発見につながれば良いと思う。「私は私のままでいいんだ」と一人ひとりが”自分”を生きられる、きっかけを作っていきたい。私がこれまでたくさんの人たちや本、その言葉に救われてきたように、少しでも多くの人たちの心に届く言葉を紡いでいければと思う。

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この間、登園準備をしていると息子から「なぜ、僕のママは仕事をしているの?」と聞かれた。「仕事をしていなければ、ずっと家で一緒にいられるからだ」と言う。「育児は母親がやるもの」という考え方はアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)だと認識していながらも、完全には克服できていない私は、今でも息子を10ヶ月で保育園に預けたことに、どこかで罪悪感を抱いていた。だから、この息子の突然の質問にうろたえ、自信なさげにこう答えた。「一つ目は働かないとお金がもらえなくて、みんなの食べ物や洋服が買えないから。二つ目はこの仕事が好きだからかな?」

でも、その後にふと思ったのだ。「例えば、夫の年収が1000万あったら、私は働かなかったのか?」と。答えは、「No」だ。子どもを産む以前から、何なら妊娠する前から、産後も必ず働くと心に決めていた。しんどかったけれど、今の仕事を手放さないために、生後2ヶ月の息子を胸に抱きながら、パソコンのキーボードを叩いていた日々を思い出す。

これからも世間の声に心が揺らぐことがあるかもしれない。けれど、私は私の”大切なもの”を大事にしながら、自分の人生を生きていきたい。そして、いつかまた息子が同じ質問をしてきたら、次は自信に満ちた笑顔でこう答えるのだ。「ママはこの仕事がとっても大切で大好きなんだよ。あなたもいつか自分の『大切なもの』を見つけてね」と。

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